路傍の草、野辺の花

凡脳ブログ(佐藤幹夫)

『小手風土記』を現代仮名遣いにする20御代田村

 20、御代田村(みよだむら)(註1)
一、[小手十九社内]宇賀神(うかのかみ) 祭所 稲倉魂命(うかたまのみこと)(*1)
 遠江国(とおとうみのくに)長上郡(ながかみのこおり)大歳社をゆえありてここに遷座すと云う。大歳神は鶴と化して稲の実を含んで来現し給う。
 本邦年徳大神(としとくおおかみ)、五穀成就の御神なり。よりて村名を御代田と号す。あきの方は秋の穂という義なりとぞ。(*2)
一、正一位稲荷大明神 神主 太田相模守
一、薬師堂
 堂の前 小関 上関 中道 篠ノ田
一、天神堂(註2)[二間四面]階三十四枚 松杉数株ありて社涼し
一、松林山真法寺 階二十三檀
 本尊釈迦牟尼如来
 開山 頭陀四世足峰桂芳大和尚
 天明七年[丁未]九月十八日建立(註3) 鐘銘略す
一、真舘 大嶽 岑(みね) 角内 南
一、五幸山(*3)
 杉樹数百株茂りて常に霧深く谷幽なり。群鴉蚊を避けて塒(ねぐら)とす。小手五岳の一つなり。門、神石小祠あり、大日の供養碑あり、鳥井あり、御坂十八丁、縁日三月十七日十八日。
一、小手廿四番札所観音堂[三間四面] 十一面観世音
  鐘の声まだきに四方をおどろかす御光の岑に朝日かがやく
 御光山鐘銘ならびに序、之を略す。天明七[丁未]年霜月十七日と有り。
一、毘沙門堂
 舞柳 大平 坊屋敷 椚平 境ノ目(*4)
一、村高 千三百石 高千三百十八石三斗一升一合(朱)(註5)
一、土地稲穀宜し、唐土(もろこし)の種子の蒔つもりを左に記す。
 日本の種積りへ考え合すべきために左に記すものなり。
 穀を種(う)うるには二月上旬、桃始華<桃始めて華(はなさ)く>を上の時となす。三月上旬、桐始華<桐の始めて華く>を中の時となす。一畝(いっせ)に子(たね)一斗を用ゆ。四月上旬を下の時となす、畝毎に一斗二升。(*5)
 大麦を種うるには八月の社前の中戊を上の時となす、畝毎に子(たね)二升半を用う。下戊を中の時となす、畝毎に子三升を用う。九月を下の時となす、一畝に子三升半。
 小麦を種うるには八月の社前の上戊を上の時となす、畝毎に子一升半を用う。中戊を中の時となす、畝毎に子二升を用う。下の戊を下の時となす、一畝に子二升半。(*6)
一、六十三騎 三百石渋谷助右衛門 同大河内藤治郎

註1一統「下小国の東に在り…橘長門守殿当邨へ封を移され此地に御舘遊ばし…郡を治め給へり、領一万石」
  橘氏とは下手渡藩立花氏の事である。文化三年[丙寅]八月十三日豊前守種善筑前三池より移封、上郷六ヶ村(下手渡糠田小国小神羽田西飯野)下郷五ヶ村(月舘布川御代田牛坂飯田)合一万石の地を領し御代田に下郷の代官を置いた。後下郷五千石は上知され、旧領筑前三池の地を受封、上郷六ヶ村と合せて一万石を領した。種善-種温-種恭と相襲ぎ、明治維新を迎える。
註2一統「三月二十五日祭礼」
註3「天明七年」以下二行は後世欄外に書き加えられたもの。
註4「御光山」云々以下二行も右に同じ。
註5後世朱にて村高を訂正してある。
註6一統志にはこの外「成龍院 観音院 各修験者 大久保貴見院配下」と記している。

*1「稲倉魂」は通常「倉稲魂」と書く。明治初頭の手書きによる社寺明細にもこの字順は数多く見られ衆庶の間では普通の筆記だった。
*2「あきの方は秋の穂」と突然述べてこれは文に書き漏らしがある。一統は「一説に歳徳明の方と云ふは秋の穂と云ふ儀なりとぞ 明と秋と其訓同じければ也 方と穂と相似たる故に説を立てしならん」と記す。その年の神がいる方角、恵方のこと。
*3現在地名は御幸山(ごこうざん)だが以前は「ごこうぜん)とも呼んだ。駱駝の瘤のような峰が直線に五つ並ぶ。
*4「境ノ目」を活字本は「境ノ日」と誤記。
*5「穀」は粟か稲か、粟と言っても禾を持たない穀物すべてを称する場合もあり時代によって意味範囲は異なる。「華」の文字をガリ版本は古字使用。草冠の下に「人」を四つ四角に並べその下は「夸」の大を外したもの。日本では用いない文字ゆえ書写子も迷ったか誤字を記した。昔の中国文字は木の花を「華」、草の花を「榮」と書きわけた時代もある。
  「桐」をガリ版本は「相」と誤記。「桃始華」や「桐始華」は『月令』に使用、七十二候に入る。
  この穀の一文、出典不明。次の大麦小麦の記法とも6世紀北魏の賈思勰(かしきょう)撰『斉民要術』が述べた時期を踏襲したうえで種の量を加えている。斉は北国ゆえ二月の桃の花は不自然とも思える。いかなる農書からの引用か教えを請う。
*6「社前」の語、「社日(しゃにち)」の前の意味。「社日」とは立春立秋後、第五の戊の日。産土神を祭る。
  「戊(ボ、つちのえ)」は五行十干の中で植物の成長を意味する。ガリ版本はこの文字をすべて十二支の「戌(ジュツ、いぬ)」と誤記。
  「上戊」は最初の戊の日という意味。